ミスマガジン2009 (Ⅱ)

前回書いたが、ミスマガジンの最終候補5人が決定。
http://www.miss-magazine.com/final2009/final.html http://www.miss-magazine.com/final2009/best5_l.jpg
http://joysound.com/ex/st/utasuki/campaign65/
http://www.miss-magazine.com/final2009/fanta_l.jpg
2 荒井萌    フォスター所属
4 菊里ひかり Sweetpower所属
7 小林さり   バーニング所属
9 佐武宇綺 レプロエンタテインメント所属
11 高木古都 ウエストサイド所属

まあ予想通りの堅い結果となった。
前に書いた3人のグランプリ候補:2 荒井萌、4 菊里ひかり、7 小林さりが残った。やはりこの中からグランプリが出ると思う。
菊里と小林が妙に重なる(ネットでも指摘されてる)ので、荒井になるのか。でも若干、菊里>>小林だと思うので、荒井と菊里の勝負になると予想する。

小林はグランプリにならなくても、天下のバーニングが押してくれるだろう。それにグランプリになって過去の写真集やらが話題になるのも本人は望まないのではないか。
あと、9 佐武宇綺も可愛いと思った。やっぱり最終候補。さすがに良い素材を選んでる、と思って調べたら9nineというアイドルユニット所属らしい。http://9nine.fc.yahoo.co.jp/index.php?blogid=1
ならばグランプリはなくて特別賞止まりだろうか。この9nineって「圧倒的な存在感でニュータイプなアイドルユニット」(公式hpより)らしいが今まで知らなかったよ。
11 高木古都も、前に書いたように将来性は凄くありそう。ブログの写真を見るとかなり可愛い。女優路線だが、これで演技も上手いのなら売れそうだ。だが現時点でミスマガジンを取ることはないかと思った。

今年の顔ぶれを見ると、ミスマガジンはセクシーグラビア路線から脱却して、透明感のある美人女優路線にシフトしているようだ。北乃きぃ、倉科カナと女優で成功しているからかな(倉科は胸も大きいけど)。
セクシー系でDVDが売れたとしても旬が短く、上手く路線変更して長く活躍するのは難しい。そして世間一般の評価でも、女優>>>グラビアだし、価値を上げるためには女優路線も仕方がないか。
まあ後の美人女優(になるかもしれない娘)のDVDやグラビアを拝めるという点で、注目すべきなのかもしれない。

ミスマガジン2009

今頃書くのも遅すぎるが、セミファイナルの16名について。
http://www.miss-magazine.com/
http://www.miss-magazine.com/semi2009/semi.html
ヤンマガ表紙写真をパッと見た印象では「今年は不作」「いや、飢饉じゃ、飢饉」などと言われていたが、よく見れば結構な素材がいるようだ。

2009年
1 藍谷莉穂   エートップ所属
2 荒井萌    フォスター所属
3 伊藤杏奈    OF JOY TOY所属
4 菊里ひかり   Sweetpower所属
5 希帆    ユニオンエンタテインメント所属
6 木村好珠  
7 小林さり   バーニング所属
8 斉藤花    ケイ・スタイルプロモーション所属
9 佐武宇綺    レプロエンタテインメント所属
10 沢口けいこ   プラチナムプロダクション所属
11 高木古都    ウエストサイド所属
12 橋本倭香  ワンプロダクション所属
13 平川舞弥     TTP所属
14 水谷絵里    PIXY所属
15 森友里恵    ヒスミープロモーション所属
16 渡辺奨子    アヴィラ所属

知っていたのは1番・藍谷莉穂と7番の旧名:桐嵯梨こと小林さりだけだった。
こういうコンテストは純粋な勝負はありえず、出来レースであるとはよく囁かれることだが俺もそう思う。ファンの支持で多少の変動はあるだろうが、同等レベルの争いでは強い事務所が下駄を履かせてもらって勝つのだろう。
強い事務所にいる者が「美味しい」位置にいる普段の芸能界を見ればそう想像せざるをえない。で、ざっと見てみると
1 藍谷莉穂は、仲村みう(2006ミスヤンマガ)と同じ事務所。ちょい弱いか。だがおっぱい枠があるかも。
2 荒井萌は、北乃きぃ(2005グランプリ)と同じ。他に鈴木杏や瀬戸朝香など。有力候補。
3 伊藤杏奈は、インリンオブジョイトイと同じ事務所。イロモノ枠。
4 菊里ひかりは、桜庭ななみ(2008グランプリ)と同じ。堀北真希、内山理名、黒木メイサなど最近勢いのあるところらしい。有力。
5 希帆のユニオンエンタテインメントは、千葉にある事務所。
6 木村好珠は、医大生で2009準ミス日本らしい。未成年ながらブログに飲酒したことを書いて一部で騒がれた。まあ今さら未成年の飲酒など糾弾することもないがマイナスなのは確か。医大生というのも話題になるが「ミスマガジン」の色とは違うだろう。
7 小林さりは、天下のバーニング。芸人ひとりを軽く潰すバーニング。それはさておき「桐嵯梨」時代に会田我路による美少女写真集を出しているが、後になかった過去になるかもしれない。飛び抜けたものはないが素材は良いので何かの賞は確実に取ると思われる。
8 斉藤花のケイ・スタイルプロモーションはまだ新しいところらしい。大手系列の人物が独立したパターンか。
9 佐武宇綺は、新垣結衣と同じ。バーニング系?連対候補。
10 沢口けいこの事務所は岩佐真悠子(2003グランプリ)相澤仁美など。エイベックス系らしい。何かに食い込んでくるかも。
11 高木古都の事務所はソニーミュージックエンタテインメント系らしい。蓮佛美沙子が所属。磨けば光る娘を集めてる感じ。この娘も伸びそうな気がする。
12 橋本倭香は、モデル系の事務所。身長166㎝と趣味がコスプレというのが気になる。目元も個性があっていい。「腐女子」度が本物ならしょこたん系として特別賞などはありかも。
13 平川舞弥は、所属がこの娘だけで昨年末出来たばかりの事務所。ネットでは「あやしい、コワい」と言われている。ただこの娘自体は結構いいものを持ってると思う。
14 水谷絵里は、いかにもモデル系事務所って感じ。色々いじってそうでパスだな。(まあ今どき、いじってない娘の方が少ないとは思うけど)
15 森友里恵は、昨年Gyao賞を取った森はるかと同じ。チアリーディングで鍛えた腹筋が売りということでグラビアが楽しみ。素人っぽい感じで現時点で結構人気を集めている。
16 渡辺奨子は、眞鍋かをりや小倉優子と同じ。19歳というのがちょっと不利な気がする。あと特技=書道10段ってマジか。名人レベルだぞw

というわけで、2 荒井萌、4 菊里ひかり、7 小林さりがグランプリ候補だと思う。ミスヤンマガ、ミス少年マガジンも取るかも知れない。
ただこれだと同系統の娘で重複することになるので、今年もおっぱい枠があるとしたら1 藍谷莉穂か11 高木古都か。13 平川舞弥も大きいんだけど事務所が・・・。グラビアが期待できるので15 森友里恵もあるかも。
あとは特別賞などの候補に、8 斉藤花、9 佐武宇綺、10 沢口けいこ、12 橋本倭香。

まあ16人中10人も挙げてるので予想にはなってなくて、単に俺の注目してる好きなタイプの娘を書いただけになってしまった。一応、真剣には考えたけど。
事務所で予想すると言いながらも全然詳しくないので、どこがバーニング系列とか解らないことが多い。ただ多くの芸能プロダクションがバーニング傘下にあるのは事実だけど。

ちなみにこれまでの賞。左からグランプリ・ミスヤンマガ・ミス少年マガ・読者特別賞・ 審査員特別賞・ミスフットサル
2001 加藤未央 川崎真実  中川愛海 鎗田彩野 若林菜美子
2002 和希沙也 安田美沙子 中川翔子 石田裕子 阿部英里奈
2003 岩佐真悠子 夏目理緒 瀬戸早妃 西田美歩 天川美穂
2004 小阪由佳 原田桜怜 星野飛鳥 山崎真実 松嶋初音 中澤優子
2005 北乃きぃ 小林ユリ 鈴木美生 加藤理恵 中村優 溝口麻衣
2006 倉科カナ  仲村みう  松井絵里奈  草場恵 入船加澄実 勝乗恵美
2007 鹿谷弥生 あいか  中島愛里 伊勢みはと  山口沙紀  杉田沙緒里
2008 桜庭ななみ 中川美樹 佐藤さくら 梅本静香  大谷澪  野口綾子

外れもあるが活躍してる人も多数なので、業界も注目はしてるだろう。 2002年・2006年は当たりで、それ以外も年1人くらいは活躍する者がいる。
ちなみに2006年に谷村奈南が落ちている。おっぱい枠は倉科にいったようだ。まあ谷村さんはその頃と今では少し顔が違うし、今の谷村さんを見ても胸がでかいだけで、あまり光るものがないように思うので仕方ないのかなと思う。
あとは、しょこたんのミスマガジンも7年も前かと思うと、俺も年を取ったなぁと思わざるを得ない。

ベタなドラマ

ふと思い出したのが、こんなベタなストーリーのドラマ。

「主人公は真面目で優しいが気弱でうだつの上がらない男(仮称・木村利夫、通称・ドジ夫)。
田舎から出てきて、東京の安アパートで一人暮らしをしている。そんな彼の年老いた母親が、田舎から急遽上京してくることになった。
そこで慌てたのが利夫。なぜなら彼は母親を心配させまいとして、母親への手紙に
「課長に出世しました」「可愛い彼女が出来ました」などと嘘を書き連ねていたのだ。

そこで周囲に相談すると周りの連中も思案する。日頃から利夫のことを駄目なドジ夫とか言ってはいたものの、見捨ててもおけない気のいい若者たちなのである。なので
「仕方ない。ここはいっちょ、ドジ夫のために協力してやろうぜ!」
ということになる。
そして利夫と周囲の男たちがヒロインの娘(仮称・清美、実は利夫の片思い相手)に
「頼むから一日だけ利夫の彼女になってやってくれ」
と懇願する。清美は最初断るものの、彼女も親思いの優しい性格なので
「解ったわよ。でも利夫君のお母さんのためなんだからね」
と了承する(実は清美も利夫のことは憎からず思っている)。

そして母親が上京。利夫は母に嘘の仕事風景で活躍している姿を見せる。
(周りも協力して「木村課長!」とか「利夫さんのあっての会社ですよ~」などとおだてる)。
さらに嘘彼女の清美と都内で一日デートをする。なぜか母親もついてくる(笑)。
ここで色々あるものの盛り上がる楽しいデートとなる。
田舎の母のパワフルなペースに周囲は巻き込まれ、なんやかんやありつつも何とか無事に母親を安心させることに成功する。

そして母が田舎に帰る日がやってくる。場所は上野駅の東北新幹線のホーム。
見送りに来た男たちは「いや~、良かったよかった」「うまくいったな」と密かに胸を撫で下ろしている。
「みなさま、ほんとにほんとにお世話になりましたで」
と母は笑顔で新幹線に乗り込む。
そこへ清美がひとり歩み寄り小声でささやく
「あの、お母さん、実は・・・」
すると
「清美さんか。うんうん、何も言わないでええ。利夫が嘘を吐いていたことは最初から全部解っておったよ」
「でも利夫は優しいみなさんに支えられてとても幸せだ。それを見てほんとに安心しましたで」
と老母は笑う。そして
「利夫はあの通り馬鹿でグズで何のとりえもないけども、優しくて気立てだけは良い男だから、清美さん良かったらこれからも利夫のこと、よろしくお願いしますだ」
と深々と頭を下げる。
思わず「はい」とうなずく清美。

夕暮れの中、発車していく新幹線。能天気に見送る利夫と男たち。
その横で佇む清美の頬を、夕日が赤く染めていくのであった…。 」


うーむ、昭和のホームドラマな雰囲気だ。俺が子供の頃、1970年代には結構見たような気がするんだけどな。
たしか「めぞん一刻」に似た話があった記憶があるが詳細は思い出せない。
優柔不断な五代君でも母親に嘘を吐くとは思えないんだけど、三鷹やこずえちゃんが絡んでそうなったのかな。

書いていて鼻で笑ってしまうようなお話だけど、実は今こそ、こういうベタで純粋な良いお話ってのを無性に見たいとも思うのだ。
人を助けようとみんなで協力する善意の嘘の共犯関係と、全てを知っている母親。
それを演技力ある役者で見られたら楽しいだろうな。
でも上の母親役に、泉ピン子だけはカンベンな。(俺は嫌いなのだ)

三人の旅人たち

国語の教科書に載っていた話で、ずっと心に残っていながら、はっきりと思い出せないものがあった。
そして先日ようやく調べて確定した。記憶にあるキーワードを入れてググれば、あっさり解るIT時代のありがたさよ。

作品名「三人の旅人たち」ジョーン=エイキン作
俺が小学5年生の時に光村の教科書で読んだ話だ。
http://www.mitsumura-tosho.co.jp/bookland/travel/travel_s/

ストーリーは、うろ覚えなのだが(知りたくない人は読み飛ばしてください)、「さばく」という駅で働く三人の男たちのお話。
信号係のスミスさん、荷物係のジョーンズさん、きっぷ売りのブラウンさんがいる。
この駅には何もなく寂れているので、お客が降りない。そのために三人は暇を持て余していた。
だけど長らく勤めて貯金と休暇が出来たジョーンズさんが、汽車に乗って東(西?)へ旅に出る。信号係・切符売りは初めて仕事が出来たのだ。
ジョーンズさんは大きな街へ行って帰ってきた。そして二人に、発展している駅や文明のことを語って聞かせお土産を買って来てくれた。

次に貯金と休暇が出来たスミスさんが、汽車で西(東?)へ旅に出ることになった。
スミスさんは荷物係のジョーンズさんにたっぷりチップを上げた。
スミスさんは行き先で山や湖など美しい自然に触れて帰ってきた。そして二人に、自らの体験を語って聞かせお土産をくれた。

さて三人目のブラウンさんだ。スミスさん、ジョーンズさんは訊く「君は休暇が出来たら、どこへいくんだい」
そして二人とも、自分たちが行った場所の素晴らしさを語り、行くならここへと勧める。
そしてブラウンさんに休暇の時が来た。彼はどうしたか。彼は北(南?)へ行くことに決めた。
二人は言う「え、汽車は北へ走ってないぜ?」
ブラウンさんは答えた「歩くのさ、この足で」

ブラウンさんは一人で歩いて行った先でオアシスを見つけた。そこには閑静な美しい場所で、綺麗な水が湧いていて、美味しい果物が生っていた。
お土産の果物を持って戻ってきたブラウンさんは、そのことを待っていた二人に話して聞かせた。
それから休日になると、三人はオアシスまで歩いていき小鳥の声を聞きながらのんびりと過ごし、その後も仲良く暮らしました・・・。
という話。

いきいきとした描写で、短いながらも心に残る味わい深い話だったと記憶している。
ネットで調べると、俺と同様、心に残っていた人も多いようで、検索したり質問したりしている人を見かけた。

このお話の結末からは(作者の意図はともかく)、身近なところに素晴らしいものがある。
そして、お金をかけないでも幸せは見つかる、 といったことを導き出せるだろう。

当時の国語の授業では、そんなことに触れた記憶もあるが、俺の担任(男)は最後にクラス全員に向かってこう訊いた。
「なぜブラウンさんは北(南)へ行ったのか」

当時のクラスメート達は、上に書いたような「身近に素晴らしいところがある」論などを答えていた。
恥ずかしながら俺も、似たような考えしか浮かばなかった。
みなさんはどう考えるだろうか?


しばらくして、子供たちから期待した答えがでなかった後、うちの担任は言った。
「これからも三人で仲良くやって行こう、ってことですよ!」

考えてみれば確かに、もしブラウンさんが東へ行けば、西を勧めたスミスさんは良い気持ちがしないだろうし、もし西へ行けば東を勧めたジョーンズさんも同様だろう。
自分の勧めた先に行かなかったからといって恨むのは小さな話に思えるが、片方を立てれば片方が必ず沈むのだ。
そしてこの駅はお客も降りないから仕事も刺激も殆どなくて、それでもこれまでは三人だけで仲良くやってきた。
そう考えると、ブラウンさんは一人で歩いていくしかなかった。実に大人の対応だった、と一応は年を重ねた俺もそう思う。

思い出せば、学校の先生というのは随分年上の大人という印象だが、今の俺はもう当時の担任の年齢を越えているはずだ。彼は教師になって8~10年目だった。
彼はこのお話から、「身近にある幸せ」ということ以上に、友情や協調というものを強く感じとったのだろう。

近い年齢になった同じ社会人として、担任の教えがやっと(多分)理解できたと思うとともに、彼の授業を受けられたことに感謝の思いを強くした。


ちなみに、
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4001103842%3ftag=i16jp-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=D2E5ETG5CGB5DD/ref=nosim
三人の旅人たちは、こちらの「しずくの首飾り」に収録されているそうです。

疑惑の世界記録

古いネタだが、アメリカ女子陸上 M=ジョーンズ 薬物認める
http://www.sponichi.co.jp/sports/flash/KFullFlash20071006003.html

マリオン=ジョーンズは、当時の女子陸上界のスターだった。100mのベストは10秒65。恵まれた体格から繰り出すスピードで圧倒していたが、当時から薬物の疑惑はあった。
なぜ今になって告白したのか、真相は解らないが体調を崩しているという話もあり、何か心境の変化があったのだろうか。

ソウル五輪のベン=ジョンソンの金メダル剥奪以降、90年代になってドーピングへの規制・監視が強化されたが、それでも彼女(と彼女のコーチ)は手を出していたわけだし、他にも疑惑を持たれている選手はいる。
勿論、専門家による厳密なドーピング検査でないと明らかにならないものであろうが、この世界、ドーピングの問題は常につきまとう。

上で、ソウル五輪でドーピングにより金メダルを剥奪されたベン=ジョンソンについて触れたが、ソウルくらいまではドーピングがかなり横行していた。
特に女子では顕著で、88年くらいまでの記録がいまだに世界記録として残っているし、そこで避けられないのは、フローレンス=ジョイナーだろう。
100m フローレンス=ジョイナー 10秒49 1988/07/16
200m フローレンス=ジョイナー 21秒34 1988/09/29

2007年の世界の現時点のベストが、100m=10秒89、200m=21秒81だから、19年も前のジョイナーの記録は突出している。
またジョイナーの記録は、前年は11秒を切るくらいだったのに、ソウル五輪の1988年に急激に伸びている。
体格も急激に変化して筋肉が発達し男性のようになっていた。それから目を反らすためにド派手なファッションとメイクにしたとも言われた。

まあ彼女が、ドーピング検査が厳しくなったソウル後になぜかすぐに引退し、38歳の若さで死亡してしまった今となっては、真相は闇の中だ。

彼女が当時のドーピング検査で全て「白」だったのは事実だが、あのベン=ジョンソンだってずっと薬を使っていたのに、ソウルまでは白だったわけだ。
当時の酷いドーピング状況を正すために、ジョンソンがスケープゴートにされた、という意見があったが俺もそう思ってしまう。


ドーピングをしてでも(それがバレずに)勝てば、巨大な富と名誉が転がり込んでくる。その誘惑には殆どの人は抗えないのだろうから、出来るだけ偽をなくすように監視を強め、権力や政治力を排して、本物だけが残るようにしていただきたいものだ。
永遠に破られない世界記録が掲げ続けられるってのは悲しいものがある。


だいたい、トップクラスの選手の記録が1年で0.5秒も伸びるなんてありえない。
23歳になってBカップからFカップになるくらいありえない。
「信じてほしーの」と言われてもそりゃ偽物に決まってるだろ。
全てにおいて俺は本物だけが見たい。

竜王vsコンピュータ

BS11 の番組 「運命の一手・渡辺竜王vs人工知能ボナンザ」 を見た。
観た感想:
すっきり解りやすくまとまっていたし、コンピューターや将棋に興味を持たない人にも理解しやすかったのではと思う。ただそのどちらにも興味を持っていない人は、普通こんな番組は見ないだろう。
ただ、プロジェクトX風味な、ちとドラマティックな濃い目の味付けは、胸焼けしそうな重たさを感じたが。ちょっとボナンザを持ち上げすぎだった。

「人工知能」といっても、ソフトウェアなわけで、ということは今までの将棋ソフトも全て人工知能の類だったわけだろう。「ボナンザ」が「特別」というわけではない。
将棋ソフトは、あらゆる局面で、コンピュータらしくすべてを数値化(得点化)して、どの手を指したら点数で上回るかを膨大な計算をして決定している。
そして今回のボナンザは、その得点計算の価値観が今までとは若干異なっている。そして検索方法も他のソフトとは異なっているらしい。あと過去の棋譜をインプットするとそれらを分析して経験とし、今後の計算に生かして「強く」なるのだと。その辺が「人工知能」とNHKが名付けた理由か。

ただ過去の棋譜は全て一流の人間棋士の対局から生まれたものであり、その定跡や好手・妙手をコンピュータは分析するだけで、コンピュータが新手や妙手や定跡を生み出してはいないので、今のところ人間の方が(勝負がどっちに転ぶか解らなくても)まだ高みにいるのは間違いない。

対局の結果は予想通り、渡辺竜王の勝ち。ただ予想よりは差はなかった。
対局当日のネットの速報では、「竜王辛勝」とも「竜王快勝」とも書いたメディアもあった。対局直後のネットの検証では、ボナンザは迫ったものの竜王の一手勝ちで、常に竜王が優位を保った余裕のある勝利だとのことだった。俺も当日はそう感じた。
だが、今回の番組の検証や竜王のブログを読むと、ボナンザにも勝てそうな筋(展開)があったとのことだった。まあ、その一手自体はその展開になる前から、ボナンザが全く考えていない局面と思われるので、コンピュータの勝利は遠かった、とも言えるし、そこまで迫ったのだから、あと僅かだったとも思える。

実際、番組の中ではボナンザは中盤で「迷い」の手を指したらしい。ボナンザが予定された時間内(1手8分30秒だったか)で各手のその後の展開を全て計算し切れなかったので、読めないけれども可能性のある(よく解らない)手を選んだということだ。その辺の判断基準の決め方は、プログラムやプログラマーの性格にも拠るのだろうが、これからのソフトの行方として、なかなか興味深いテーマかもしれない。

そしてコンピュータのスペックが上がり、今までのさらに数十倍とか数百倍の計算が出来るのようになると、どうなるかはほんとに解らない。将棋は、9x9の升目・40個の駒と決定している以上、膨大ではあるが無限ではないので。
科学の世界で「神の計算機」があれば全てが予測できる(実際は不可能)という話があるが、将棋の世界はかなりの部分、CPUに計算されてきているのかもしれない。


あとは、今回の対局、持ち時間2時間というのは手ごろな長さではあるが、本気で「人間vsコンピュータ」の勝負をつけるのならば、持ち時間8時間あたりでボナンザにもっとしっかり読ませる(計算させる)ようにすべきだっただろう。そうすれば8分30秒を越えてボナンザがさらに先を読めたわけだ(結果がどうなるかは解らんけども)。
仕掛けたのが、目立ちたがり屋で策士の米長会長で、相手に将棋界の看板・渡辺竜王を選んだことからいっても、純粋な勝負よりも人間側が勝つことを見せるデモンストレーションだったのかなと少々うがった見方もしたりして。

ただ今回の勝負で、コンピュータがかなり強くなったのは証明されたので、持ち時間や条件次第ではプロ棋士の下位の者や女流棋士はあっさり負ける気がする。
そして男性トップ棋士が敗れる日もそう遠くないのだろうが、それは将棋というゲームや文化に一つの大きな楔が打ち込まれる日であり、将棋で飯を食っている連盟としては何としてもそれを避けねばならない、という思いだろう。
現在、プロ棋士は連盟の決まりとして、無断でソフトと対局してはいけないので、ソフト側は縛りのないアマチュアのトップらを倒して実績を上げて、プロ側に対局を受けさせるようプレッシャーをかける必要があるが、純粋なソフト開発者の向上心はさておいて、さて多くの将棋ファンは、そんな運命の日を望んでないのではないか。
まあそれでも運命はひたひたと歩み寄ってくるわけだが。

「将棋は斜陽産業」と言った期待の若手がいたが、さすがに先を読む目は確かだなw

1986/4/8

岡田有希子のことを最近ふと思い出し、調べたら命日の4/8今年は日曜日だったので、追悼のため四谷まで行ってきた。

岡田有希子が死んだ時は中学生だった。始業式翌日の午前授業だったか。
弁当を持たなかった俺は、部活に出る前に家に帰って昼飯を食べていた。そこで臨時ニュースが入り衝撃の事実を知った。
今も付き合いのある同じ陸上部だった友人も帰宅していたのだが、彼はそれを知った瞬間、飯も食わずにダッシュで部室に直行したらしい。だが告げても、みんなに「嘘つけ~」と信じてもらえず、俺が後から行ってその事実を告げたところで、みんな信じられないながらも納得はした、ということを思い出す。
今日のように穏やかな晴れの日だった。桜は残っていたか記憶にない。

21年経った今日も、日曜のせいか現場にはかなりの人たちが集まっていた。100人くらいに見えたが50~60人くらいかもしれない。12時前から現場を囲むように立ち並んで、静かに待っていた。
時間が近づくと、一人の呼びかけで皆が中心に集まり、彼女が飛び降りた12時15分から1分間、黙祷を捧げた。
その後、集まるよう呼びかけた方が、供えられた花を彼女のお墓に持っていくが異存はないかと訊いた。そしてお墓のあるお寺の住職の話をした。その住職は「彼女は既に成仏されている。だからいつまでも彼女を可哀想にと思うのではなく、今年も元気でやっています、という報告のために集まって欲しい」というような話をされた、とのことだった。
俺はそれから後、1~2分ほど佇んでから立ち去った。

当時、俺は熱心な彼女のファンではなかったが衝撃は受けた。よく解らないがいつか行かなくては、と思っていたことをやっと果たせた。
今日も、なぜ行くのか、黙祷をしている時でも何だか考えがまとまらなかった。なぜ18歳で死ななければならなかったのか。最前線にいる若い命が散ったことを、当時の芸能界はどう処理したのか。なにをしたというのか。
ただ、あれから21年経っても謎で、これからさらに年を経たとしても、いつまでも掴みきれない思いのままで終わることになるのだろう。彼女の死の真相が永遠に解らないように。